結論を先に言うと
若者が政治に期待し始めたのは
「希望を持てるようになったから」ではなく、
「政治から逃げても何も変わらない現実を理解したから」。
これはポジティブな覚醒というより、
諦めきれなくなった結果の関心。

なぜ今まで政治に期待していなかったのか
まず前提。
若者が政治から距離を取っていた理由はシンプルで、
- 投票しても生活は変わらない
- 誰がやっても同じ
- 自分たちの声は届かない
という**「無力感」**があったから。
政治は
高齢者のもの
既得権益のもの
難しい話をする世界
そう認識されていた。
だから「無関心」ではなく、
**「関わらないという合理的選択」**だった。
それがなぜ変わったのか?
① 生活が“政治と直結”しすぎた
物価、税金、奨学金、社会保険料、賃金。
今の若者は、
- 頑張っても貯金できない
- 正社員でも将来が見えない
- 老後はほぼ自己責任
という現実を20代で直視している。
ここで気づく。
「これ、個人の努力じゃどうにもならなくない?」
生活苦が
自己責任 → 構造の問題に見えた瞬間、
政治は“無関係なもの”ではなくなった。
② SNSで「政治が身近になった」

昔の政治情報は、
- テレビ
- 新聞
- 難解な専門用語
今は違う。
- 切り抜き動画
- 一般人の解説
- 当事者目線の投稿
で、政治が日常会話レベルに降りてきた。
しかも
「完璧な意見」より
「違和感」や「怒り」が共有される。
これが若者に刺さった。
③ 「沈黙=損」という感覚が広がった
いまの若者は冷めてるけど、計算高い。
- 声を上げない → 無視される
- 投票しない → 配慮されない
という現実を、
SNS時代のデータ感覚で理解している。
だから
期待はしてないけど、
何もしないよりマシ
という現実主義的な参加が増えた。
ここが重要:若者は政治を“信じて”はいない
勘違いされがちだけど、
若者は
❌ 政治家を信用し始めた
⭕ 政治の影響力を再認識した
だけ。
つまりこれは
希望の回復ではなく、選択肢の消失。
- 政治を無視しても逃げられない
- 無関心でいるコストが高すぎる
そう悟った結果の「期待」。
なぜこの変化は無視できないのか
若者は数では不利。
でも空気を変える力はある。
- SNSで論点を作る
- メディアが後追いする
- 政治家が反応せざるを得なくなる
この流れが起き始めている。
期待が続くかは分からない。
でも、
「政治はどうせ無駄」
という時代は、
静かに終わりつつある。
まとめ(この記事の核)
- 若者が政治に期待し始めた理由は
絶望の先で現実を理解したから - それは前向きというより合理的な判断
- 政治不信が消えたわけではない
- ただ「無関心でいる余裕がなくなった」